- ハムストリングスは、太ももの裏側にある筋肉のまとまりです。
- けがをした直後に少し歩けたり脚を動かせたりすると、軽いけがだと思いたくなるものです。
- Witvrouw(2003)は、男性のプロサッカー選手146人の柔軟性と、その後の筋肉のけがとの関係を調べました。
- Pope(2000)は、男性の軍の新兵1538人を対象に、運動前のストレッチの有無を無作為に割り付けて比べました。
体が硬い大人がかかと落としを真似すると|太もも裏の肉離れと柔軟性の研究
「ストレッチ運動は、太もも裏に特有の肉離れを起こしうる」。これはAskling(2007)の結論を日本語に訳した言葉です。体の硬い大人がかかと落としを真似したいとき、先に十分伸ばしておけば、太もも裏や膝を痛めずに済むのでしょうか。無理に脚を高く上げる動作には太もも裏を傷める懸念があり、運動前のストレッチだけに予防を任せることは勧められません。
公園のベンチ脇でスマートフォンの動画を止め、画面の脚の高さを自分の体でも試したくなる場面を考えてみます。散歩のついでなら軽い運動に思えても、見た目の高さを追うと、普段使っている動きの範囲を急に越えがちです。柔らかさと安全は別です。足先がどこまで届いたかより、無理なく動かせる範囲と、痛みを感じたときに止められることを先に置きます。
研究を読むときも、体の硬い人にけがが多かったという観察と、ストレッチを加えてけがが減ったかを調べる試験を分ける必要があります。さらに、けがのあとに歩けることと、元の競技水準に戻ることでは意味が違います。太もも裏の肉離れが起きる動き、柔軟性の研究、稽古での確かめ方を、この違いに沿って見ていきます。
ゆっくり伸ばす動作でも太もも裏は傷みます
ハムストリングスは、太ももの裏側にある筋肉のまとまりです。膝を曲げたり、脚を後ろへ動かしたりするときに働き、股関節と膝の動きに関係します。肉離れは、筋肉などの組織が引き伸ばされる負担によって傷つくけがを指します。全力で走るときだけに起こるものと考えると、脚をゆっくり高く上げる場面を見落としてしまいます。
Askling(2006)は、肉離れを起こした短距離走の上級選手18人と、プロの舞踊家15人を調べました。短距離走の選手は高速で走っているとき、舞踊家はゆっくり伸ばす運動をしているときにけがをしていました。太もも裏の同じ名前のけがでも、受傷した動作に違いがあります。速さを落とすことだけで、伸ばしすぎによる負担への備えが済むわけではない点が読み取れます。
Askling(2007)は、同じ舞踊家の集団をMRI(磁気を用いて体の内部を画像にする検査)などで詳しく調べています。全員が、膝を伸ばしたまま股関節を曲げ、脚を上げるゆっくりした動作で受傷していました。太もも裏の内側にある半膜様筋という筋肉が傷んでいた割合は87%でした。これは、柔らかさを求める運動そのものも肉離れのきっかけになるという具体例です。
かかと落としで脚を高く上げる場面は、この伸ばされ方に似るというのが編集部の見立てですが、これらは空手の研究ではないため、蹴りの危険度を直接測った結果とは区別します。また、同じ舞踊家を扱った報告なので、別々の集団で同じ結果が再現されたと数えることもできません。ここで稽古に持ち帰る判断は、見本の高さへ無理に合わせず、自分の動かせる範囲を指導者に見てもらうことです。
最初の動きやすさと、元の水準への復帰は違います
けがをした直後に少し歩けたり脚を動かせたりすると、軽いけがだと思いたくなるものです。Askling(2006)では、最初の柔軟性や筋力の低下は短距離走の選手のほうが大きい一方、元の水準への復帰は舞踊家のほうが長くかかりました。研究者は、けがが生じた仕組みと、元の水準に戻るまでの時間との関連を指摘しています。最初の動きの見た目だけで、その後の経過を決めつけないための結果です。
元の競技水準に戻るまでの期間は、短距離走の選手で中央値16週、範囲は6〜50週でした。舞踊家では中央値50週、範囲は30〜76週でした。中央値は、期間の短い順に並べたときに中央にくる値であり、全員に必要な期間を表す数字ではありません。ここで測られた到達点は、日常生活で歩ける状態ではなく、けがの前と同じ水準で競技や舞踊を行うことです。
初心者の稽古でも、動きの一部ができることと、負担の大きい練習を続けられることを分けて考えると役立ちます。たとえば、普段の移動で困らなくても、脚を大きく動かすと痛むなら、その動きを繰り返す理由にはなりません。痛みを確かめるために何度も高く脚を上げるより、どの動きで痛みが出るかを言葉で伝えます。目標の高さへ戻す日程は、けがの状態や医療者の判断に合わせて考えるものです。
この研究の長い復帰期間を知る意味は、運動を怖がることより、痛みを軽く扱わないことにあります。普段できていた動作が変わったなら、練習を進める予定もいったん見直します。足を上げる高さだけを回復の印にせず、歩く、座る、日常の動作を行うときの様子も受診時に伝える材料にします。
体の硬さとの関連と、予防の効果を分けます
Witvrouw(2003)は、男性のプロサッカー選手146人の柔軟性と、その後の筋肉のけがとの関係を調べました。太もも裏を傷めた31人や、太もも前を傷めた13人は、柔軟性が有意に低かったと報告されています。「有意」とは、研究の分析で偶然だけでは説明しにくい差と判断されたことです。体の硬さは、練習前に本人の状態を把握するときに目を向けたい項目になります。
この研究は柔軟性と、その後に起きたけがとの関連を観察したものです。「けがをした人に共通する特徴を探すこと」と、「ある方法を行ってけがが減るかを比べること」では研究の問いが違います。この区別を置くと、柔軟性の測定結果から、ストレッチの回数や時間を増やす結論へ飛びにくくなります。次の表は、それぞれの研究が何を答えようとしたかを並べたものです。
| 研究の問い | 対象と調べ方 | 結果の要点 |
|---|---|---|
| 硬い人に肉離れが多いか | Witvrouw(2003)、男性のプロサッカー選手の追跡 | 後に太ももの筋肉を傷めた選手では柔軟性が低かった |
| 運動前に伸ばすとけがが減るか | Pope(2000)、男性の軍の新兵を無作為に分けた試験 | 意味のあるけがの減少は示されなかった |
| 予防運動の種類で結果が違うか | Lauersen(2014)、複数の比較試験をまとめた分析 | ストレッチの効果は示されず、筋力の運動ではけがが少なかった |
| 伸ばした直後に動く範囲が変わるか | Behm(2016)、直後の変化を扱った研究の整理 | 動かせる範囲の改善は通常30分未満続いた |
ストレッチだけで練習の負担を埋め合わせない
Pope(2000)は、男性の軍の新兵1538人を対象に、運動前のストレッチの有無を無作為に割り付けて比べました。無作為に分ける方法は、もともとの体力や習慣などの違いによる偏りを抑え、方法の効果を比べるために使われます。この試験では、準備運動中の一般的なストレッチによって、脚のけがが実際の訓練で意味を持つほど減る結果は得られませんでした。丁寧に伸ばしたという実感と、けがが減るという結果は同じではありません。
Lauersen(2014)は、25件の試験、参加者26 610人、けが3464件を含むメタ分析を行いました。メタ分析とは、複数の研究の結果をまとめて計算する方法です。ストレッチでは予防の効果が示されず、筋力を高める運動ではけがが少ない結果でした。柔軟性だけに準備を集中させるより、筋力を含めて運動の内容を考える根拠になります。
筋力の運動を取り入れるときも、痛みを我慢して負荷を増やすという読み方にはしません。これから武道を始める大人なら、運動経験や今の体力を伝え、取り組める内容を指導者と相談します。高い位置へ脚を届かせる練習と、体を支えて動かすための基礎的な運動を、稽古の予定の中でどう組み合わせるかが検討点です。家で難しい種目を急に追加するより、今の動きを見てもらい、無理のない内容から進めます。
研究の結果を実際の準備に移すときは、何を目的に行う運動かを明確にすると整理しやすくなります。動く範囲を整えるために伸ばすのか、体を支える力を養うのか、その日の動作に慣れるのかを区別します。「伸ばしてきたから、今日は高く上げてもよい」という判断を避け、準備運動の後も動作の負担を見ながら練習します。
その場で柔らかくなっても、練習は段階を踏みます
Behm(2016)は、健康で活動的な人のストレッチ直後の変化について、研究を系統的に集めて検討しました。系統的レビューとは、決めた方法で研究を探し、結果を整理する手法です。関節を動かせる範囲の改善は、通常30分未満続くとまとめられています。ここでいう持続時間は、伸ばす前と比べて動かせる範囲が増えた状態が、直後にどの程度続くかを示しています。
同レビューは、静的なストレッチだけでは全体のけがに明らかな効果がない一方、伸ばした後に体を動かす準備運動を組み合わせることを勧めています。静的なストレッチは、伸ばした姿勢を保つ方法です。姿勢を保って伸ばす時間だけで準備を終わりにせず、これから行う運動へ徐々に移るという考え方になります。直後に脚がよく動いた感覚を、その日の上限を試す合図にしないことが大切です。
稽古を見学したり参加したりするときは、準備運動の内容に加え、その後の進め方にも目を向けます。体の硬い人が動きの範囲を小さくして参加できるか、周囲と同じ高さを求められるかは、具体的に確かめられる点です。見本より低い位置でも取り組めることや、動きを途中で止めて相談できることは、本人が負担を調整するための条件になります。痛みの有無を伝える時間があるかも、実際の練習の様子から見ておきます。
大人が子どもと一緒に始める場合には、親子で脚の高さを競わないようにします。子どもの柔らかそうな動きを目標にせず、大人は自身の運動歴や今の動かしやすさを伝えます。子どもにも、痛いときに止めてよいことを言葉にしておくと、練習中の相談につながります。もともと太もも裏に痛みがある人や、以前のけがで動きに制限が残る人は、高く上げる練習を始める前に状態を医療者へ相談するのが適切です。
急な痛みやあざは、柔軟性の課題として扱いません
太もも裏に急な痛みが出たときは、その動きを止めます。体が硬いせいだと思ってさらに伸ばしたり、痛みの出る高さを繰り返し試したりする対応は避けます。けがの直後に必要なのは、練習を成立させることより、痛みのある部位への負担を止めることです。自分で肉離れの重さを判定しようとして、強く押す、無理に伸ばすといった確認も行いません。
受診を考える目安は、太もも裏の急な痛み、あざ、座ったときの痛みです。症状が出た動作を止めて、整形外科などで相談します。痛みが強く歩くのが難しい場合は、無理に歩き続けず、早く医療につなげます。けがの名前を自分で決めるより、いつ、どの動作で、どの辺りに痛みが出たかを伝えることが役立ちます。
受診時には、脚を高く上げようとしていたのか、伸ばした姿勢を保っていたのかといった状況を伝えます。痛みが急に出たか、後からあざが見えてきたか、座るときと歩くときで違いがあるかも説明の材料です。痛みを再現するために動作をやり直す必要はなく、覚えている範囲を言葉にすれば十分です。家族が見守る場合も、何ができるかを試させるより、症状の変化を聞いて受診を支えます。
膝の辺りが痛む場合には、太もも裏の筋肉のせいと決めつけず、痛む場所をそのまま伝えます。太ももの説明を読んだことを理由に、別の場所の症状を同じけがにまとめないことが大切です。痛みのある状態で練習を再開する判断は、本人の希望する高さや予定ではなく、診察で把握した状態に沿って進めます。稽古を続けるためにも、痛みが出た日の目標は練習を終えることへ切り替えます。
よくある質問
体が硬い大人は、空手を始めないほうがよいですか
硬さだけで始めるかどうかを決めるより、今の動かせる範囲に合わせて参加できるかを確かめます。柔軟性とけがの関連を扱ったWitvrouw(2003)の対象はプロサッカー選手であり、開始前の相談では自身の運動経験や痛みの有無を伝えることが実用的です。高い蹴りをすぐに目指さず、動きを小さくできる環境を選び、もともと症状がある場合は参加の前に医療者へ相談します。
ストレッチを長くすれば、脚を高く上げても大丈夫ですか
長く伸ばしたことを理由に、高さを増やす判断は避けます。Pope(2000)やLauersen(2014)ではストレッチによるけが予防の効果が示されず、Askling(2007)は伸ばす動作で起きた肉離れを報告しています。伸ばす時間を増やして不安を埋め合わせるより、痛みのない動きの範囲を指導者と共有し、準備運動から稽古へ段階的に移ることを考えます。
太もも裏が痛くても、歩けるなら続けてよいですか
歩けることだけを理由に、痛みが出た動作を続けることは勧められません。急な痛み、あざ、座るときの痛みがあれば、練習を止めて受診の判断につなげます。痛みが出た動作や、その後の日常動作で困ることを医療者に伝え、再開する練習内容は状態に合わせて相談します。
この記事の限界
適用範囲は、舞踊家、短距離走選手、男性のプロサッカー選手や軍の新兵などの研究から太もも裏の負担を考えるところまでで、日本の子どもや成人初心者が空手の蹴りを練習した際の発生率を示すものではありません。舞踊家の報告は同じ集団を扱い、運動直後の柔軟性と、けがの前の競技水準への復帰では観察する期間も到達点も異なります。この記事は個別の診断や治療を案内する医療の助言ではなく、腰の病気や膝の痛みの原因を判定する内容も扱っていません。太もも裏の急な痛み、あざ、座るときの痛みは受診につなげ、稽古では周囲の脚の高さよりも、自分の状態に合わせて負担を変えられることを優先します。脚の高さを競わず、自分の状態に合わせて練習を変えられますか。
参考文献
- Askling ほか. Type of acute hamstring strain affects flexibility, strength, and time to return to pre-injury level. Br J Sports Med. 2006;40(1):40-44.
- Askling ほか. Acute first-time hamstring strains during slow-speed stretching: clinical, magnetic resonance imaging, and recovery characteristics. Am J Sports Med. 2007;35(10):1716-1724.
- Witvrouw ほか. Muscle flexibility as a risk factor for developing muscle injuries in male professional soccer players. A prospective study. Am J Sports Med. 2003;31(1):41-46.
- Pope ほか. A randomized trial of preexercise stretching for prevention of lower-limb injury. Med Sci Sports Exerc. 2000;32(2):271-277.
- Behm ほか. Acute effects of muscle stretching on physical performance, range of motion, and injury incidence in healthy active individuals: a systematic review. Appl Physiol Nutr Metab. 2016;41(1):1-11.
- Lauersen ほか. The effectiveness of exercise interventions to prevent sports injuries: a systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. Br J Sports Med. 2014;48(11):871-877.
技の名前を調べた次は、組手の痛みと礼儀を稽古場で確かめる
- 向く人: 技の名前や由来を知ったうえで、型と組手で実際に体を動かしたい大人
- 向く人: けがの防ぎ方と礼儀の教え方を見てから、子どもに空手を習わせたい保護者
- 向かない人: 相手を倒す技だけを早く覚えたい人
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このサイトはワールド極真会空手連盟 東京支部が制作しています。稽古場はオンザショア立川店(立川駅から徒歩1分・溶岩プレートの床のスタジオ)です。
よくある質問
体が硬い大人は、空手を始めないほうがよいですか
硬さだけで始めるかどうかを決めるより、今の動かせる範囲に合わせて参加できるかを確かめます。柔軟性とけがの関連を扱ったWitvrouw(2003)の対象はプロサッカー選手であり、開始前の相談では自身の運動経験や痛みの有無を伝えることが実用的です。高い蹴りをすぐに目指さず、動きを小さくできる環境を選び、もともと症状がある場合は参加の前に医療者へ相談します。
ストレッチを長くすれば、脚を高く上げても大丈夫ですか
長く伸ばしたことを理由に、高さを増やす判断は避けます。Pope(2000)やLauersen(2014)ではストレッチによるけが予防の効果が示されず、Askling(2007)は伸ばす動作で起きた肉離れを報告しています。伸ばす時間を増やして不安を埋め合わせるより、痛みのない動きの範囲を指導者と共有し、準備運動から稽古へ段階的に移ることを考えます。
太もも裏が痛くても、歩けるなら続けてよいですか
歩けることだけを理由に、痛みが出た動作を続けることは勧められません。急な痛み、あざ、座るときの痛みがあれば、練習を止めて受診の判断につなげます。痛みが出た動作や、その後の日常動作で困ることを医療者に伝え、再開する練習内容は状態に合わせて相談します。